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 海外の農場   

「何故フィリピンに農場があるの?」
創立以来十数年にわたって、沖縄産にこだわり続けた私達ですが、現在原料の一部をフィリピンの直営農場で生産しています。
冒頭の言葉は、お客様からよく言われる言葉です。特に石垣島の特産品として名実共に全国レベルになりつつある今、イメージダウンになるのでは?との声も時折聞かれます。
私達は石垣島に移住して20年近くになります。その間地元の原料にこだわり、パッションフルーツ一筋に栽培から加工までを続けてきました。しかしやむおえず海外に生産基地を設けた理由は三つ!。




その第一は、毎年襲来する台風の被害対策。生産が少ないときは余り影響がありませんでしたが、契約農 家が増え、お得意様が増え始めると「台風で全部飛んじゃったサー!」では済まなくなってきました。栽培を全て、遊季(娘の名前です。本来の漢字は認証を取っていないため使えません?)栽培で露地栽培にしているため、台風の影響は馬鹿になりません。2007年の13号台風のように、瞬間最大風速が100mを超えたと云われる猛烈な台風が増えています。そこで、台風の影響の無い地域での栽培を考えました。
その二は、石垣でのパッションの評価が高まるにつれ、台湾から類似商品が大量に入り始めたことです。お国柄というか、まだ添加物などの規制は緩く、これがパッションなの?というジュースが、堂々と石垣産として出回り始めたのです。味の差が大きすぎて商品の売れ行きには問題はなかったのですが、価格の安さで大手ホテルなどはほとんど飛びつきました。島へ来られる観光客の方々が、朝のバイキングでパッションを飲む と「ふーんこんな物か!」と、二度とリピートをしません。商売は自由ですから文句は言えませんが、せっかく 評価が出始めたのにこれはまずいと云うことで価格的な対抗策を練り始めました。しかし、倍以上も差があるためこの作業も困難を極めます。
その三は、島に暮らして始めて考えさせられた現実です。石垣市は自己財源率が20%台という貧しい自治体です。大きなホテルやスーパーなどは島外企業のため、税金を落とすこともなく売り上げは全て島外へ出てしまいます。子ども達も高校を卒業すると90%が島外へ出て行きます。当然、大学へ通う経費も内地へ住む家庭よりも大きく、そのための資金は外から稼がなければなりません。石垣市の商工会の合い言葉は「外貨を如何に稼ぐか?」です。私達の事業も、お客様のおかげで高い評価を得るに至りました。私達が終の棲家と選んだこの地に少しでも役立てばと、出来る範囲で大きくしてみようと考えました。

この3つの理由で、台湾や南米などの原料を取り寄せて、納得できる製品が作れるか試行してみましたが、まったく思うような製品にはなりませんでした。
そして、知人の伝手を頼ってフィリピンのミンダナオ島に新しい現地法人を作り、栽培試験を開始しました。
考えてみれば、沖縄はトロピカルフルーツの適地だとの印象が強くありますが、これは戦後保証によって農業に大きな予算が組まれ、90%という高い補助率の事業で作り出した、ハウス栽培での話で、考えようによっては、トロピカルフルーツの露地栽培の北限のような場所です。国境を外せば、僅か700km南にフルーツの楽園が広がっています。

そんなわけで、私達の農場は、ここ石垣島の十数件の農家と、フィリピンでも台風の発生地より南にあるミンダナオ島のほぼ中央部に広がり、とことん遊季栽培にこだわった栽培を続けています。現地では熱帯地方で無農薬だなんてキチガイ沙汰だと笑われましたが試行錯誤を繰り返しながら、ようやくある程度の原料を確保することが出来るようになってきました。

大変長くなりましたが、ここまでお読みいただきました有り難うございます。
これから、トロピカルフルーツの最適地、MALAYBALAYの旅へご案内いたします。

MALAYBALAY ORGANIC FARM Inc.
川平ファームの直営農場を紹介します。
MALAYBALAYはフィリピンので2番目に大きな島、ミンダナオ島のほぼ中央部に位置し、標高500m前後の熱帯林の高原地帯で、フィリピン国内でも最も条件の良いフルーツの産地として知られています。
周囲にはデルモンテやドールの広大な果樹園が広がり、サトウキビやトウモロコシ・米も作られています。
これからにMALAYBALAY ORGANIC FARMへの旅にご案内します。

マニラ
フィリピン入国の第一歩はNAIA(マニラ空港)から始まります。数年前に新しいターミナルができあがっているのですが、建設費の支払い等で裁判になっておりまだ開港の見込みは経っていません。
以前は空港の税関でさえ袖の下を要求してきたのですが、最近は少なくなってきました。タクシーの客引きも以前に比べると大部減ってきていますがそれでもトラブルが多いため、出来るだけホテル関係のタクシーを選んだ方が無難です。
マニラでの宿泊は何時も中心街の安ホテル。1泊Php1,000くらいです。勿論Php5,000も出すと立派なホテルに泊まれるのですが、この安ホテルの周囲にはライブハウスや飲食店が多く観光で味わえない、夜のマニラが楽しめます。

ミンダナオへ
翌朝早めに起きてマニラ空港のドメスティックへ。フィリピンエアーのターミナルは国際線と共用で専用の物があり綺麗ですが、その他の航空会社が集まるドメスティックのターミナルの方が、種々雑多な人種が入り乱れローカルな雰囲気が味わえます。
ミンドロ・パナイ・ネグロス・セブの島を眼下に眺め、ボホールを過ぎた辺りから高度を下げてゆきます。
約1時間、飛行機は標高130mの高台にあるCagayan de Oro空港へ着陸します。

Cagayan de Oro
何処の空港も同じようにタクシーの客引きが群がっていますが、ここでは何時も乗っているROYYAL TAXI のDARI君に迎えに来てもらいます。
Cagayan de Oroは人口50万人、空港から市街地へ降りてゆく途中に巨大なSMショッピングモールができ、中心部もアゴラ市場やリムケッカイ等活気に溢れています。

南の島の市場は、いつも活気と喧噪でごった返しています。冷蔵庫の普及率が30%に満たないフィリピンでは、生鮮食品は台に並べたら腐らないうちに売ってしまい、買ったお客はこれもまた腐らないうちに料理をしなければなりません。

MALAYBALAYへ
MALAYBALAYへはバス(Php160)で約3時間。タクシーでもPhp1,500程度で行ってくれます。バスは安いですが、猛烈に飛ばすので、タクシーでゆっくり行った方が良いかもしれません。
Cagayan をでた車はジプニーやトライシクルでラッシュ状態の国道を一路東へ。20分ほど走ったところにある大きな三叉路から道は南へ向かうミンダナオ縦断のバイパスに入ってゆきます。しばらくは大きく曲がりくねった坂道で、標高差にして300m程を喘ぎながら上がってゆきます。この坂道では小さな台車に乗った子ども達が数人乗って、薪や荷物を積み込んでブレーキだけで降りてくる姿に出会います.。
車窓の景色は、丘を越え谷を越え花々に飾られた部落を通り過ぎ、インコの飛び交う渓、何処までも続くパイン畑、30mもあるマンゴー林、バスでは見ることが出来ませんが、タクシーで行くと、ほんとに道路沿いに100mもあるような大きな滝を見ることも出来ます。

MALAYBALAY City
標高300〜800m程度の高原を上下して約2時間。人口17万人MALA YBALAYへ到着です。南に傾斜したバイパス沿いに広がった町は1歩裏通りへはいると、整然と区画され公園の中を歩いているようです。
メインストリートには多くの学校(大学も含め)や病院が並びます。朝の通学時間にはジャングルの中から湧いてくるように子ども達が集まって来ます。実際には学校へ行けない子ども達も多いのですが、通学する女生徒達は一様に、白いブラウスを着て長い黒髪を風になびかせています。
宿泊は3軒あるホテル。どこも小さなホテルですが気持ちよく泊まれます。朝目が覚めたら町の裏通りを歩いてみてください。通りの何処にでも特産の竹箒で掃除をする姿が見られます。一人で歩いても全く不安を感じない花の多い町です。

            
      
MOFIへ
 MALAYBALAYから南へミンダナオ縦断バイパスを車で30分、AGURAYANという十字路を右に曲がるともう直ぐ加工場です。
加工場は約100坪あり、この周辺で唯一夜に電気が灯るところで、開設当時は庇の下で多くの村人が集まって夕餉を過ごしていました。
日常の仕事が無い所なので、明日バイトが欲しいというと朝には大勢の人が並びます。
ここでの作業は、農薬や化学肥料を一切使わずに育てた果物を、洗浄・厳選し、一つ一つ目と鼻で確かめながら包丁で割ってゆき、スプーンで果汁と種を取り出します。取り出した種を専用の搾汁機で種と果汁に分離し、手際よく急速冷凍庫へ。このスピードがピューレの味を決定します。
出来たピューレは−20℃以下で保存して、全て石垣島の川平へ送られ、製品の原料になります。

      MOFIの加工場全景              事務室です           

         加工風景         

加工場の周囲には、手製の炭焼き釜が作ってあります。一昨年のカイガラムシの大発生以降、毎日木を燃やし、木酢液を作りそれを散布することを覚えました。おかげで、虫の外は激減しました。現在加工場の周囲にニームを植え始めています。
      
南の島の畑へ
MOFIの畑は加工場から車で約20分。LANPATANとう室を抜けて、国営の用水路沿いにデコボコ道を走ります。数年前まではサトウキビの収穫のシーズンだけテント村が出来ていましたが、最近電線が1本引かれ、用水路沿いに家が建ち始めました。用水路は格好の水泳場にもなっています。
直営の畑は約4ha、農薬や化学肥料を使わないため、当初は綺麗な銀色の毛のネズミや猛毒のコブラが出没していたそうです。さすがに毎日人が入るようになり、最近は滅多に見かけなくなったようです。
1カ所での大規模栽培は、病害虫発生時には壊滅的な被害を被ります。今までにもカイガラムシやウイルスの発生でかなりの面積を焼却してきました。
そこで、リスクくの分散を考え、最近は周囲のジャングルの住民を指導して契約栽培を増やしています。
今年は協力者のおかげで最新鋭の水処理機が設置されます。ミネラルウォーターを創り出すレベルの装置なので、いずれは周辺の村にそのまま飲める水を提供できるようになると思います。

   MOFIの農場です。約4ha         スタッフも皆笑顔です


   契約栽培農家の家族      畑の上には国営の用水路?

  熱帯地方の遊季栽培は本当に大変ですが、試行錯誤を繰り返し
  ながら徐々に地元に定着した事業になってきているようです。




大規模な畑は、昨年ウイルスが発生し、全て焼きました。現在はこのようなジャングルの縁に匍わせた栽培方法に切り替えています。
花が咲き始めると大型の蜂の仲間が巣を作り、盛んに飛び回って受粉をしてくれます。
日本では人工授粉でしか実がなりませんでしたが、本当に自然栽培へ切り変わりつつあります。加工場から遠くは3時間もかかる村まで、栽培は広がっており、現在の植栽本数は30万株を超えました。本当の粗放栽培ですから収量は少ないけれど、株数で帳尻が合い始めています。

  


こんな訳で、パッション(受難)という果物に魅せられ、その名の通り受難続きではありますが、この魅惑的で感動的な果実を、一つは石垣島の特産品として、もう一つはパッションフルーツという果物をもっとみんなに知ってもらうため、年を取るのも忘れて走り回っています。 いずれ、パッションを取り巻くファンクラブで、現地視察ツアーでも組んでみたいと思います。
2008年4月から日本人スタッフが常駐します。これによってさらに大きな展開が期待されます。