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11 06, 2019

パッションフルーツの種子

パッションフルーツの加工は搾汁の歩留まりが20%台で、残りは平均300粒入っている種子と厚手の皮になります。 加工用パッションフルーツの断面 契約農家から買い取っている果実も75%近くは廃棄処分になります。これを何とか解決できないかと思考していたところ、Webサイトに幾つもの研究論文が見つかりました。 国内でも森永製菓が種子エキスを健康食品として製品化していますが、私達はとてもそんな研究など出来るわけも無く、海外のサイトからヒントを得ることになります。 サイトには多くの研究データが見られ、欧米では鎮静効果の高いハーブティーとして、また皮も各種の効能が知られるようで、パッションフルーツはさまざまな植物療法植物の中で最もよく知られているものの1つのようです。 その中で現在は廃棄している種子の利用法を追求して行くと、パッションフルーツシードオイルが浮かび上がってきました。 オイルを絞るには次のような手順になります。 パルパーフィニッシャーで果汁と分離された種子にはまだゼリー状の果肉が残っています。 パルパーフィニッシャー、搾汁した果汁を投入すると数秒でジュースは下に種子は外に出てきます。 これを何度も洗うことにより種子の表面から余分な物を除きます。 洗浄後乾燥中の種子 風通しの良い場所で一週間ほど乾燥します。 搾油機もWebサイトで探しAribabaを通して中国から輸入。まあ格安の中国製だったので色々問題はありましたが取り敢えず作動はしてくれます。 完全に乾燥したものをコールドプレスマシン(常温搾油機)で数十㌧の圧力をかけ絞り出します。 パッションのシードオイルはあの爽やかな香りは殆ど無く、綺麗な黄色い割合サラッとしたオイルです。   種子1万粒で25ccほどのオイルが取れます。効率を考えると加熱したり砕いたりして絞ればもっと歩留まりは上がると思いますが、取り敢えず今まで破棄していた物から製品が出来るのでスタッフも大喜び。 この状態で日本へ運び沖縄で濾過し化粧品としてボトリングを外注し製品化することになりました。 搾油機で絞った状態のシードオイル     パッションフルーツシードオイルに関してはWebサイトから引用すると次のようなことが書かれています。 パッションフルーツオイルは黄色で、心地よい味と匂いを持ち、そして不飽和脂肪酸を多く含んでいます。 それは不安を減らし、睡眠を改善し、そしてストレスと疲労を減らすリラックス芳香物質(passiflorin)を持っています。 パッションフルーツオイルはリノール酸に富み、リノール酸は肌の脂質層の回復を助け、肌の絹のような潤いと潤いを高めます。 [...]

10 06, 2019

海外生産への道 02

パッションフルーツの加工品が世界中を見渡しても何故果物本来の味香りが無いのか? これが、拘りの始まりでした。 どの製品を試してもあの爽やかな酸味とトロピカルなフレーバーが生きていません。香料として出まわっているパッションも桃のような香りが主でとても果物本来の香りの物は見つかりません。私達は海外の工場を視察すると幾つかのヒントを選ることが出来ました。 まずどの国へ行ってもパッションは価格的に低い分類にある果物だと云うことです。これは栽培に余り手がかからない事と、熱帯にはもっと美味しいフルーツが沢山有り生食には若干向かないことが理由だそうです。スリランカの農業試験場では「あんな儲からない果物のためにわざわざ日本から来たの?」と云われました。 果実は通常受粉してから2ヶ月ほどで熟しますが、早めに色着いたりする物も有り、外観だけでは熟度が解りにくい果物で、基本は完熟して落果したものを利用しますが、多くのメーカーの場合、色着いた状態で木になっている物を直接収穫したものも混合しており、完熟・未熟が混合された原料を利用している事が多いようです。 消費の多くはジュースや香料の原料として加工されますが、その殆どがオートメ化された施設で加工作業に人が介在することは少なくなっています。 スリランカの工場での加工の流れ 洗浄(大きな水槽でジェット水流で洗浄)→コンベアで上がって破砕(クラッシャー)→遠心分離機又は圧搾搾什機で搾汁→濾過→加糖して常温保存・又は急速冷凍して保存 この間殆ど人は介在しません。 従って熟度(香りや糖度)の判断する工程は有りません。 私達はこの点に注目し、完熟した果物だけを厳選し、一個一個包丁でカットし人の感覚で熟度を判別しながら搾汁します。この作業だけで専門メーカーの方は「そこまで手をかけると採算には合わない!!」との反応を示します。実はここがパッション本来のの味・香りを活かす最大のポイントです。   一つの果実に平均300個も入っている種と一緒に搾汁した果汁は、直ぐにパルパーフィニッシャーを使い果汁と種子を分離します。この後2度濾して急速冷凍、この間カットしてから冷凍まで15分以内で済ませます。 パッションフルーツは酵素が非常に多くピューレが常温時間にとどまると急速に発酵します。酵素の動きを以下に抑えるかが良質のピューレを作る必須条件です。 フィリピンでの作業はここまで、ピューレはマイナス25℃に保たれ、日本へ運ばれます。 パッションフルーツは皮・種で70%以上の重量が有ります。従って果汁の歩留まりは20%台。 皮と種子は廃棄していましたが、Malaybalayの時は近くにミンダナオ中央大学の農学部が有り、そこで買われている水牛(カラバオ)の飼料として皮を提供、変わりに牛糞をもらってきて堆肥として利用していました。現在は幾つかの農家と提携し同様の作業を行っており、同時にパウダーとしての試行も続けています。 種子の使い道は無かったのですが、海外の文献を読むと多くの参考資料が出てきました。 この項パッションフルーツの種子に続く

20 05, 2019

原料への拘り 海外生産への道

国内で主に生産されているパッションフルーツはPassiflora edulisという赤紫の玉です。 糖度が高く皮からも香りが出るため生食に向いています。 私達が加工用に作っているのはPassiflora edulis f. flavicarpaという黄色く二回りほど大きな実です。 原料果実は20数年前にブラジルから三分一さんという方が10種ほどのパッションの種を持ち込み、島民に配布した物を優良種の選抜という形で、毎回播種して増やしています。 加工時に一つ一つ包丁でカットするため、香りや熟度が良い物が判別でき、その種を播種することで良質の苗を作ります。 そのため苗は全てこちらから提供したものを使うという契約になっています。 知人の伝手を頼ってフィリピンミンダナオ島の中央部Malaybalay近郊でテストを開始。 Malay balay Organic Farm 加工施設 成績は驚くほどよかったので、一次加工施設を整備し本格的に契約農家を集め各所で説明会を開始。地元のスタッフ達と山の中を飛び回る日が続きました。 栽培件数も順調に増え50軒を超えます。 ところが、有機栽培のため万が一のことを考え、1ヵ所の規模を50a以上にしないで他の畑との距離を100mほど離すように指導していたのですが、成績が非常に良かったので地元の有志が1ヶ所に4haもの栽培を始めてしまい、そこにウイルスが発生してしまいます。 当時は今のように携帯やネット環境が発達しておらず、後手後手の連絡で周辺地域に蔓延してしまい、全て焼き尽くしほぼ全滅状態になりました。 それでも前年のピューレの蓄えが数十㌧有ったため、何とか現地での事業を継続します。 ヤシ林の中の契約栽培 次に起こったのが周辺地域での土地がらみの紛争で、直接の被害は無かったのですが加工施設の土地のオーナーが紛争の当事者で、関係者にも犠牲が出始めさすがに危険を感じて設備の移動を検討。 折良くミンダナオで2番目の急成長を続けるCagayan de Oro郊外に、休眠中のジュース工場が売りに出ており、購入。と言っても容易ではなく、アンダーマネーが役所の窓口や警官でさえも催促されるような国で、売り主や税務署などと日本では信じられないようなゴタゴタが数年続きましたが、何とか地元スタッフが頑張ってくれ生産地域の新規改革から一次加工まで先の見通しが立つようになりました。 ミンダナオ2度目の加工施設 SOUTHERN YUI FARM INC [...]

15 05, 2019

原料への拘り

私達川平ファームは石垣島へ移住当時、全て島産の原料を使うことをポリシーとしていました。 基本的には病害虫が少なく有機栽培が可能なパッションと、砂糖以外の添加物を一切使用しない商品作りを目指したので、サトウキビの島で知られる石垣製糖産の砂糖で全てまかなえると思っていたのです。 ところが先ず石垣島では精製した砂糖は作っておらず、全て分蜜糖として内地の工場へ送っているとのこと。 仕方なく範囲を広げ本島の北部製糖の砂糖を使うことになります。 パッションの本来の味を如何に出すかに拘っていたので、「有機製品なら三温糖や甜菜糖を使用したら!」との声も度々聞こえ、使ってみましたが糖の癖が強く出てしまい思い通りの味にはならず、結局はグラニュー糖のみに絞っています。 一時は島内に十数軒もの契約農家が増え、新しい農作物として期待されましたが、露地栽培で台風の影響が大きく、10数年前に続いた凄まじい台風でほぼ全滅。 契約農家への保証も出来ずに島内での栽培は下火になって行きます。 石垣島のパッションフルーツ畑 ただ、商品の評価は非常に高かったため商社を通して海外から冷凍ピューレをテスト輸入しましたが、まったく自分達が考えている味にならず断念。 「何故この魅力的なフルーツが加工品になるとこんなにも味が変化してしまうのか?」 と疑問を持ち、ヨーロッパのマーケットやオーストラリア・台湾などを廻ってみて、最終的にスリランカの工場でその原因が明確になります。 スリランカの工場はイギリス人の経営で戦前から続いているトロピカルフルーツの加工場。マンゴーなどは多くの女性が手作業で皮を剥き丁寧に加工しています。しかしパッションは洗浄から搾汁保存まで一貫してオートメ化しており、オーナーはそれをとても自慢にしていました。 ここで問題なのは色付くと直ぐに収穫してしまうこと果物の多くは完熟する1週間ほど前に香りと糖が最高の状態になります。 パッションは特に他の果物のように色だけでは熟度が判断が難しい。 私達は完熟して落ちた実だけを収穫して利用します。 さらに一つ一つを包丁でカットし香り熟度を確認した物のみ利用。 これだけで果物本来の味と香りが残ったピュレが出来ます。 カットは1個1個手作業で 今まで海外のパッション関連メーカーからも私達の製品を試飲して驚き製造方法に関して何度か問合せがありしたが、「そこまでやったら採算に合わないから無理だ!」との声が殆どでした。 それでも、この味を世界に伝えたいと云う想いで、国内での生産規模拡大は諦めて原料を確保するために海外での原料生産を考えはじめます。   この項続く

5 06, 2018

海外に農園を構える理由

今回は、私たちが作るパッションフルーツ製品の原料についてのお話をしたいと思います。 創業以来15年程は石垣島産にこだわり続けた私たちですが、現在は原料の90%はフィリピンの直営農園で生産しています。 なぜ海外にも農園があるの? これは、お客様から言われる言葉です。 特に石垣島の特産品として名実共に全国レベルになりつつある今、イメージダウンになるのでは?との声も時折聞かれます。 私たち川平ファームの栽培に対する「こだわり」についてぜひ一度お読みください。   石垣島産だけで続けられない4つの理由 私達家族は石垣島に移住して30年近くになりますが、その間地元の原料にこだわり、パッションフルーツ一筋に栽培から加工販売までを続けてきました。 しかし、やむを得ず海外で原材料の生産を考えはじめた理由が4つあります。 1.毎年襲来する台風被害 その一として、年々強くなって襲来する台風の被害です。果実の生産が少ない時はあまり影響はありませんでしたが、契約農家が増え、お得意様が増え始めると「台風で全部飛んじゃったさ〜!」では済まなくなってきました。 栽培を全て、無農薬・無化学肥料の露地栽培にしているため、台風の影響は馬鹿になりません。 2007年の台風13号のように、瞬間最大風速が90mを超えたと云われる猛烈な台風が増えています。ほんの数時間で1000万円を越す被害が出たことも実際にあります。 沖縄では露地栽培の果樹には共済保険がかけられません。 そのため、台風が強くなるにつれ契約農家の方達のリスクが大きくなります。 私達も契約農家の台風被害まで補償することは不可能です。 そこで台風の影響の無い地域での栽培を考え始めたのです。 2.海外からの類似品 その二は、石垣島でのパッションフルーツ加工品の評価が高まるにつれ、海外から類似商品が大量に輸入され始めたことです。当時はまだ海外の製品の添加物などの規制はゆるく、これが本当にパッションフルーツなの?という風味のジュースが堂々と "石垣島産" として出回り始めたのです。 味としては非常に甘く、川平ファーム製品の売れ行き自体への問題は無かったのですが、価格の安さで大手ホテルなどはこの格安のパッションフルーツジュースに飛びつきました。 島へ来られる観光客の方々が、朝のバイキング(ビュッフェ)でパッションジュースを飲むと「ふ〜ん。こんなもんか。」と、2度とリピートをしません。 商売は自由なので文句は言えませんが、せっかくパッションフルーツ自体に高い評価がで始めたのにこれではまずい!と云うことで、価格への対抗策を練り始めました。 しかし、石垣島産に比べると半値以下のためとれも対抗できませんでした。 3.島外へも目を向けて活性化を目指す その三は、島に暮らして初めて考えさせられた現実です。 当時、石垣島は自己財源率が20%台という貧しい自治体でした。大きなホテルやスーパーなどは島外企業のため、税金を落とすことも無く売り上げは全て島外へ出ていってしまいます。 子供達も高校を卒業すると90%が島外へ出ていきます。当然、大学へ通う費用も内地へ住む家庭よりも大きく、そのための資金は外から稼がなければなりません。 私は商工会の理事を12年程務め、主に特産品の開発指導を手伝っていました。石垣市の商工会の合言葉は「外貨(島外からのお金)を如何に稼ぐか?」でした。 私達の事業も、お客様のおかげで高い評価を得るに至りました。 そこで、私達が終の棲家として選んだこの地に少しでも役立てばと、できる範囲で大きくしてみようと考えました。 4.ウリミバエとの戦い 最後の理由。これはあまり声を大きく言えていないのですが、八重山ではウリミバエの根絶プロジェクトが国家事業として行われています。 [...]

11 11, 2017

それぞれの名前の由来

パッションフルーツの魅力の一つとも云える、名前の由来についてご紹介したいと思います。 Passion Fruit (学名:Passiflora)は翻訳辞書などでは「情熱果実」と訳されることが多々あります。 しかし、本来の意味は「キリストの受難」でキリストの磔(はりつけ)のシーンと花の形状の相似性からそう呼ばれているそうです。   象徴的な花の特徴 3つに分かれた雌しべは「人の形、または十字架」を表すと記録されている説や 「打たれた釘」説があります。実際に観察してみると、雌しべが4本のものが時折出てきます。 その姿はまさに十字架そのものに見えますが、稀なのでこの雌しべは十字架に磔られたキリストとみるのが妥当ではないかと私は思います。 5本の雄しべは「打たれた釘または傷」を表すとされています。 糸状の副花冠は「棘の冠」や「鞭」という説がありますが、多くの絵画に見られるキリストの頭部から差し込む輝く光輪にも見えるような気がしますね。 パッシフローラ(トケイソウ)の種類の多くは5枚の花片と5枚の萼片が非常に類似しており、全て合わせると10枚の花片のように見えます。 これは弟子の数(10人の使徒という説ですが、一般的には12人と云われており?がつきます。)等諸説あります。 この花の花言葉が「聖なる愛(holly love)」・「信仰(faith)」・「宗教的情熱(religious fervour)」と言われているのも、まさに名前の由来から来ているのでしょう。 川平ファームのホームページでは実際に文献などに現れているパッシフローラの歴史についてもご紹介しています。 こちらからごらんください。 他の方のブログでパッションの名前の由来について調べられている方も多いのですが、なぜ「受難」と「情熱」という両極端な意味合いを持っているのかを深〜く掘り下げた田中千鶴香さん(実務翻訳者)の記事で4回に渡って考察されています。 「苦しむ」という意味のラテン語がpassionのルーツであるなら、「キリストの受難」の意味で使われるようになった経緯は容易に想像できる。だが「情熱」の意味はどこにいったのだろう。passionは一体いつから「情熱」の意味で使われるようになったのだろうか。 「意味がいっぱい -『英文教室の講義を受けて』内より-」田中千鶴香(実務翻訳者) 個人的に大変興味深く、またパッションの新たな一面を知るきっかけにもなりました。 パッションフルーツがお好きな方には、ぜひ一度読んでいただきたい内容です。 美しい歌声に魅了されて ところで、川平ファームには直売のパーラー兼ショップがあります。 創業当時の名前は「Coccala(こっかあら)」で、現在もお店の看板として残っております。 創業以来の常連様は今でも「こっかあら」で認識されている方もいるかもしれません。 この意味は看板に彫られているようにアカショウビンの石垣方言です。 島の中でも「コッカアラ」や「コッカルー」など字(住んでいる場所)によって微妙に異なります。 いずれもこの鳥の鳴き声が由来と云われます。 3月末に南から渡ってきて、島で子育てをし、9月末頃に南に戻って行く渡り鳥です。 カワセミの仲間で、鮮やかな赤色の大きなクチバシと、飛び去る時に背中に白色と青の斑紋を持ち、朝夕透き通った声で鳴き渡るのが特徴です。 大きなクチバシでカタツムリなどを捕って、石などに叩きつけて割って食べます。 道具を使う珍しい鳥で、時折林の中からカツンカツンと殻を割る音が響いてきます。 特に川平ファームの周辺では多く見られ、季節になると店のテラスや駐車場などで見ることもできます。 [...]

8 10, 2017

ということで川平ファームのブログスタートです。

10数年以上前に一時期ブログを書いていたのですが、その後様々な動きの中で自然消滅。 ここ数年、書きやすさからかFBに移行していましたが、動きが多岐に渡りはじめもっと多くの方にお知らせしたい内容も増えましたので復活いたしました。 東京から石垣島・川平に移住してすでに30年近い年月をこの島で食わしており、沢に事業の延長で熱帯地方へ飛んだりと忙しい日々ですが、これから若い者も交えて面白い展開になっていきそうです。 川平ファームの創業話 お陰様で、現在では「パッションフルーツの川平ファーム」としてみなさまに知られるようになってきました。 そんなパッションフルーツと私の出会いは40数年前のことです。 台風直撃の屋久島で出会った初めて見る果物、それがパッションでした。 台風が通り過ぎた後、庭一面に落ちていた赤紫色の果物を拾い、割って一口啜った時の香りと酸味は、驚きと感動とともに今でも口の中に残っています。 その後、「原色 日本の野生ラン」の絵を以来され日本中を駆け巡っていました。 残された八重山へランを探しに通い初め、29年前にその植物画の仕事を仕上げることを目標に石垣島へ移住。 そして西表島の大富林道で再度パッションフルーツに出会い、パッションフルーツとの本格的な付き合いが始まりました。 当時、誰に話をしても「あれは、テラスの日よけ」とか「あんな酸っぱいモノなんで作るの?」などパッションフルーツ栽培に対する反応は低いものでした。 それでも五反歩の畑を借り、右も左も分からないままパッション農家としてスタートを切りました。 次第に協力者も増え、収穫した果実の加工を始め事業としての体を整えて行く事になります。   素晴らしさを伝えたいから、とことんこだわる より美味しいパッションフルーツの加工品を作る為に、国内のみに止まらず世界中のパッションフルーツの加工品を片っ端から味わってみました。 残念な事に、どれも果物本来の味・香りを生かした製品は無く、添加物によって味を整えているモノがとても多かったのです。 この魅力的な果物を世界中多くの人に伝えたい、まずは果物らしい香りと味を生かした加工品を作ることにこだわっていこうと、どんどんのめり込んでいきました。 そして、種まきから育苗・収穫・加工そして販売までを全て一貫して管理をしてく事で、現在の川平ファームの製品の品質を保って行く事ができるようになりました。 もしも、大量生産をしたいが為に、この手順を自動機械化などしてしまえば、味の品質も落ちてしまうのです。 製品に対してのこだわりは、また次の機会に詳しくご紹介したいと思います。 そして、新しいこだわり そして、現在は石垣島でのパッションフルーツ栽培・加工品製造と共にいろいろな分野に「新しいこだわり」を見出している最中です。 パッションフルーツの畑も含むガーデンを、動植物を観察できる植物園として整備していたり、海外でのパッションフルーツ農園の展開や、そしてもちろん新しいパッションの活用方法についてなど、いろいろな事をご紹介していければと思います。 ブログでは、時折過去を振り返りながら川平ファームグループ(株式会社 川平ファーム / 石垣島サイエンスガーデン / Souther YUI Farm inc.)として広がっていく幾つかの組織・展開などを織り交ぜながらUPしていきたいと思います。 どうぞよろしくお願いいたします。