10数年以上前に一時期ブログを書いていたのですが、その後様々な動きの中で自然消滅。
ここ数年、書きやすさからかFBに移行していましたが、動きが多岐に渡りはじめもっと多くの方にお知らせしたい内容も増えましたので復活いたしました。

東京から石垣島・川平に移住してすでに30年近い年月をこの島で食わしており、沢に事業の延長で熱帯地方へ飛んだりと忙しい日々ですが、これから若い者も交えて面白い展開になっていきそうです。

川平ファームの創業話

お陰様で、現在では「パッションフルーツの川平ファーム」としてみなさまに知られるようになってきました。
そんなパッションフルーツと私の出会いは40数年前のことです。
台風直撃の屋久島で出会った初めて見る果物、それがパッションでした。
台風が通り過ぎた後、庭一面に落ちていた赤紫色の果物を拾い、割って一口啜った時の香りと酸味は、驚きと感動とともに今でも口の中に残っています。

orchidその後、「原色 日本の野生ラン」の絵を以来され日本中を駆け巡っていました。
残された八重山へランを探しに通い初め、29年前にその植物画の仕事を仕上げることを目標に石垣島へ移住。
そして西表島の大富林道で再度パッションフルーツに出会い、パッションフルーツとの本格的な付き合いが始まりました。

当時、誰に話をしても「あれは、テラスの日よけ」とか「あんな酸っぱいモノなんで作るの?」などパッションフルーツ栽培に対する反応は低いものでした。
それでも五反歩の畑を借り、右も左も分からないままパッション農家としてスタートを切りました。
次第に協力者も増え、収穫した果実の加工を始め事業としての体を整えて行く事になります。

 

素晴らしさを伝えたいから、とことんこだわる

より美味しいパッションフルーツの加工品を作る為に、国内のみに止まらず世界中のパッションフルーツの加工品を片っ端から味わってみました。
残念な事に、どれも果物本来の味・香りを生かした製品は無く、添加物によって味を整えているモノがとても多かったのです。
この魅力的な果物を世界中多くの人に伝えたい、まずは果物らしい香りと味を生かした加工品を作ることにこだわっていこうと、どんどんのめり込んでいきました。
そして、種まきから育苗・収穫・加工そして販売までを全て一貫して管理をしてく事で、現在の川平ファームの製品の品質を保って行く事ができるようになりました。
もしも、大量生産をしたいが為に、この手順を自動機械化などしてしまえば、味の品質も落ちてしまうのです。
製品に対してのこだわりは、また次の機会に詳しくご紹介したいと思います。

そして、新しいこだわり

そして、現在は石垣島でのパッションフルーツ栽培・加工品製造と共にいろいろな分野に「新しいこだわり」を見出している最中です。
パッションフルーツの畑も含むガーデンを、動植物を観察できる植物園として整備していたり、海外でのパッションフルーツ農園の展開や、そしてもちろん新しいパッションの活用方法についてなど、いろいろな事をご紹介していければと思います。

ブログでは、時折過去を振り返りながら川平ファームグループ(株式会社 川平ファーム / 石垣島サイエンスガーデン / Souther YUI Farm inc.)として広がっていく幾つかの組織・展開などを織り交ぜながらUPしていきたいと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。