今回は、私たちが作るパッションフルーツ製品の原料についてのお話をしたいと思います。
創業以来15年程は石垣島産にこだわり続けた私たちですが、現在は原料の90%はフィリピンの直営農園で生産しています。

なぜ海外にも農園があるの?

これは、お客様から言われる言葉です。
特に石垣島の特産品として名実共に全国レベルになりつつある今、イメージダウンになるのでは?との声も時折聞かれます。

私たち川平ファームの栽培に対する「こだわり」についてぜひ一度お読みください。

 

石垣島産だけで続けられない4つの理由

phillipine01

私達家族は石垣島に移住して30年近くになりますが、その間地元の原料にこだわり、パッションフルーツ一筋に栽培から加工販売までを続けてきました。
しかし、やむを得ず海外で原材料の生産を考えはじめた理由が4つあります。

1.毎年襲来する台風被害

その一として、年々強くなって襲来する台風の被害です。果実の生産が少ない時はあまり影響はありませんでしたが、契約農家が増え、お得意様が増え始めると「台風で全部飛んじゃったさ〜!」では済まなくなってきました。
栽培を全て、無農薬・無化学肥料の露地栽培にしているため、台風の影響は馬鹿になりません。
2007年の台風13号のように、瞬間最大風速が90mを超えたと云われる猛烈な台風が増えています。ほんの数時間で1000万円を越す被害が出たことも実際にあります。
沖縄では露地栽培の果樹には共済保険がかけられません。
そのため、台風が強くなるにつれ契約農家の方達のリスクが大きくなります。
私達も契約農家の台風被害まで補償することは不可能です。
そこで台風の影響の無い地域での栽培を考え始めたのです。

2.海外からの類似品

その二は、石垣島でのパッションフルーツ加工品の評価が高まるにつれ、海外から類似商品が大量に輸入され始めたことです。当時はまだ海外の製品の添加物などの規制はゆるく、これが本当にパッションフルーツなの?という風味のジュースが堂々と “石垣島産” として出回り始めたのです。
味としては非常に甘く、川平ファーム製品の売れ行き自体への問題は無かったのですが、価格の安さで大手ホテルなどはこの格安のパッションフルーツジュースに飛びつきました。
島へ来られる観光客の方々が、朝のバイキング(ビュッフェ)でパッションジュースを飲むと「ふ〜ん。こんなもんか。」と、2度とリピートをしません。
商売は自由なので文句は言えませんが、せっかくパッションフルーツ自体に高い評価がで始めたのにこれではまずい!と云うことで、価格への対抗策を練り始めました。
しかし、石垣島産に比べると半値以下のためとれも対抗できませんでした。

3.島外へも目を向けて活性化を目指す

その三は、島に暮らして初めて考えさせられた現実です。
当時、石垣島は自己財源率が20%台という貧しい自治体でした。大きなホテルやスーパーなどは島外企業のため、税金を落とすことも無く売り上げは全て島外へ出ていってしまいます。
子供達も高校を卒業すると90%が島外へ出ていきます。当然、大学へ通う費用も内地へ住む家庭よりも大きく、そのための資金は外から稼がなければなりません。

私は商工会の理事を12年程務め、主に特産品の開発指導を手伝っていました。石垣市の商工会の合言葉は「外貨(島外からのお金)を如何に稼ぐか?」でした。
私達の事業も、お客様のおかげで高い評価を得るに至りました。
そこで、私達が終の棲家として選んだこの地に少しでも役立てばと、できる範囲で大きくしてみようと考えました。

4.ウリミバエとの戦い

最後の理由。これはあまり声を大きく言えていないのですが、八重山ではウリミバエの根絶プロジェクトが国家事業として行われています。

ウリミバエは大正8年(1919年)に八重山群島で発見されて以来、下図のように分布域を拡大してきました。ウリミバエの被害は農作物を直接加害することだけでなく、このハエの発生地域である沖縄県からみ発生地域である本土への寄主植物(ウリ類など)の移動が法律で禁止または制限されているという目に見えない大きな被害があります。

− ウリミバエの侵入防止事業(沖縄県病害虫防除技術センター)

事業としては平成5年にウリミバエの根絶に成功したのですが、台風などの時の風に乗っていつ南からウリミバエが入ってくるか判らないので、不妊肘の散布は現在も続いています。
防除センターのヘリが飛んでくると空中から多くの不妊処理をしたミバエが雨のように降ってくるのです。ミバエはパッションフルーツの果実に卵を産もうとして刺して飛び回ります。刺し傷はコブになってしまい、刺されたほとんどの果実が途中で落ちてしまいます。

当ファームは基本的には露地栽培なので、多い時は5割近い果実に被害が出ました。
しかしこの国をあげてのプロジェクトに異議申し立てするわけにはいかず、断腸の思いで石垣島での農地拡大をあきらめた次第です。

この大きな4つの理由で、海外の原材料にを目を向け台湾や南米などの原料を取り寄せて、納得できる製品が作れるか試みてみましたが、やはり私達が求めている味・香りの加工品を作ることはできませんでした。

 

海外視察で気づいた事

phillipine02

そこで、海外の加工施設の視察を始めました。台湾から始まりオーストラリア、タイ、スリランカと廻って気がついたのは、パッションフルーツはどこへ行っても一次加工がオートメーション化されていたことことでした。
パッションフルーツ(特に加工用の黄玉種)の加工の難しさは、完熟しても他の果物のように味・香りが均一になることはけっしてありません。
だから、本来はオートメーションでの加工だと品質を判断する事ができないため、向いていないのです。
そしてやはり、原料の風味も大きく変わってしまうため、商品の味に影響してしまうのです。

無いなら自分で栽培しよう

海外で販売されている原材料では私達が求める品質の製品を作る事はできない。
その答えにいきついた時に、品質にこだわるのであれば海外で自分たちで栽培をしようと考えました。
石垣島でこだわってきた、種まきから製品加工まで一貫した管理の下に行うことで、パッション本来の味・香りを生かした製品作りを継続していく。
無農薬・無科学肥料での栽培、そして果実の味が劣化する前に一次加工を現地工場でする事を目標に海外農園を作る事を目指し動き出しました

 

フィリピン・ミンダナオ島で農園を

phillipine03

そして現在、日本からも近く台風の発生地よりも南で、比較的台風の影響の少ないフィリピン・ミンダナオ島に現地法人を作り、標高400m〜1000mの北部丘陵地帯に広がるジャングルの近くでとことん自然栽培にこだわった栽培を続けています。
現地の人たちからは「熱帯地方で無農薬だなんて狂気の沙汰だ!」と当初は笑われてしまいましたが、試行錯誤を繰り返しながら、ようやくある程度の原料を確保する事ができるようになってきました。
同時に、現地の大学と共同で研究・開発をしながら、貧困地域での持続力のある新しい農産地の早出として、地域おこしの役割も担っています。

パッションフルーツ一次加工

一次加工の方法は石垣島と同じ方法です。

フィリピン農家回り

もちろん各農家の栽培指導も行います。

果実はそのままの状態では日本への輸入ができないため、現地で立上げた工場で一次加工をして冷凍ピューレを作ります。その際には、石垣島でもこだわってきた「人の五感」での果実の選別をしっかりと行い品質管理をできるようスタッフ指導も行ったきた事で現在も安定した品質を保つ事ができています。

日本の絵本をタガログ語に訳して現地の子供たちへプレゼント

日本の絵本をタガログ語に訳して現地の子供たちへプレゼント

鉛筆などのお土産も大喜びです

鉛筆などのお土産も大喜びです

パッションフルーツは本来、熱帯の果物なので、完熟した果実の味・香りは石垣島産の物と比べても劣る事は無く、他の輸入物と比べても価格で対抗でき、より上質なものをリーズナブルな価格で安定してお客様に提供できるようになりました。

定期的に私やスタッフがフィリピンに滞在し、農家の視察や栽培指導、工場の品質チェックや指導などを行っています。
フィリピンというお国柄なかなか根付くのには時間がかかりますが、これがこの地域の産業として成長していけば、今貧しいこの地域の手助けになるのではと考えています。
これに関しては、ほぼ私のライフワークの一環となってしまっていますが・・・

 

石垣島の農園の現在

phillipine08

もちろん、石垣島でも規模は縮小してしまいましたが果実の生産は続けています。
川平ファームが管理している石垣島サイエンスガーデン内ではパッシフローラ(トケイソウ)の見本園や、優良種子の選抜作業などを行っています。
天候に左右されてしまいますが、台風などの影響がなければ石垣島では年に2回の収穫が見込めます。
そんな訳で、石垣島川平で立上げ、地元産の原料にこだわり続けた川平ファームは、パッションフルーツという情熱の果物に思いを馳せながら、形式的には輸入原料にはなりますが「トレーサビリティ(流通経路の追跡可能性)」の明確な原料で、安心して楽しんでいただける製品をお届けしています。

また時間がある時にでも、海外農園の様子などもご報告できるようにしたいと思っています。